大企業主導で業界スタンダードを作成することにより、減塩施策を推進する。

サマリー

  • 減塩は重要な施策だが、現状の日本の施策では十分な成果をあげていない。
  • 他業界では、規制を設けることで規制作成を主導した企業に有利になる事例が見られる。
  • 業界で規制を作成する動きが世界で見られ始めた中、同様に日本の食品業界でも大企業主導で規制を設けることにより、大企業にとっても有利な条件で減塩を推進できる。

詳細

日本人は塩分摂取量が推奨量より多いといわれています。WHOが成人の1日あたり塩分摂取量として5gを推奨している一方[1]、平成29年「国民健康・栄養調査」によると、平成29年の男女の1日あたり平均塩分摂取量はそれぞれ10.7g、8.9gです[2]。年次推移を見るとこの数値は下げ止まり傾向にあり、日本の現状の塩分摂取は未だ改善の余地があることがわかります。

そして減塩が体によい影響を及ぼすことは、複数の論文で確認されています。Strazzulloら(2009)の行ったメタアナリシスでは、1日塩分摂取量が5g少ないと脳卒中になる確率が23%、心血管疾患全体の発症率が17%低下すると報告されています[3]。また減塩は費用対効果が高いことも示されています。英国のデータを用いてモデルを使ったCollinsら(2014)の研究では、減塩施策は医療費を減らし、施策の導入費用を考慮しても10年間で最大6億6000万ユーロを超える支出削減に繋がると結論づけられています[4]。
では日本の減塩施策はどうなっているのでしょうか。厚生労働省は「おいしく減塩1日マイナス2g運動」を発表し[5]、日本高血圧学会は「減塩の日」の制定や減塩食品リストの掲載をしていますが[6]、どちらもほぼ啓発にとどまっています。飲酒や薬物において防止教育の効果は薄いと報告されていることからも[7][8]、啓発だけで十分な効果が得られるかは疑問です。また、実際には健康意識の高い消費者だけが減塩商品を買い、そうでない消費者は買わないという事態も想定されます。
一方日本企業では、即席麺・醤油・味噌などの食品で減塩が進められており、2016年度の減塩市場は4年で42%拡大の563億円と報告されています[9]。しかし未だ減塩が進んでいない食品もあり、また例えば醤油の国内市場だけで1600億円前後であることを考えると[10]、減塩市場は今後も拡大する余地はあると予想されます。以上から、日本の減塩施策は未だ改善の余地があるといえるでしょう。

一転海外に目を向けると、多くの国で減塩が進められているとわかります。Trieu(2015)のレビューだけでも、75か国が減塩のために何らかの動きを見せていると報告されています[11]。また海外では、すでに効果検証された減塩施策を見つけることもできます。例えば英国では2003年から2004年に、パンをはじめとする食品業界への減塩要請や栄養表示ラベルの明確化、消費者への啓発などをまとめた減塩プログラムが開始され、7年間で1人1日あたり尿中ナトリウム量を9.5gから8.1gに減らすことができました[12]。また豪州でも2011年から2013年の間にコミュニティベースの介入を行い、減塩に関する議会の開催や広告発信、情報ブースの設置などがなされた結果、サンプルの1日あたり平均塩分摂取量は8.8gから8.0gに減少しました[13]。
ここで注目しておきたいのは、海外では減塩のため企業にアプローチする施策が見られることです。先に挙げた英国では、パン業界で塩分含有量の目標値を設けたことで、減塩に参加したパンの平均塩分含有量は2001年から2011年にかけて約20%減少しました[14]。

これはNGOであるCASH(Consensus Action on Salt and Health)が業界に働きかけ、企業が協力したことで成功しています。この動きに追随してオーストラリアやニュージーランドなどでもパンの減塩が進みました[15]。
また規制を設けるという動きは塩だけではありません。例えば糖分が多い飲料に課税するソーダ税は米国やメキシコで導入され、実際に米国フィラデルフィアでは近隣都市と比較して40%の炭酸飲料消費量減少[16]、メキシコでは導入前と比較して6%の課税品目消費量減少[17]が見られています。

このように企業を巻き込んだ規制作成が進んでいるという議論を踏まえ、ここでは消費者へのアプローチではなく、企業にとってのメリットという視点で減塩施策を考えます。
そもそも食品中の塩分を減らすと味が落ちることから、減塩は自社商品の評判を落とすことにもなりかねず、新たな研究開発を必要とします。即席麺大手のエースコックでも、減塩商品の企画から発売まで1年近くかかったと言われています[18]。したがって企業は、減塩推進がCSRの面でメリットになる一方、デメリットも無視できないと考えている可能性があります。
しかし減塩商品の開発や製造に追加投資がかかることを考慮すると、むしろ大手企業は資金面で苦労する中小企業より有利な立場にあるといえます。そこで塩分含有量について業界で規制を作成することで、大手企業は追加投資に余裕のない中小企業を圧迫することができるのではないでしょうか。
実際に、他業界では規制によってプレーヤーに変化が起きた事例や、自社の影響力拡大を狙って規制を作成した事例が存在します。クリーンディーゼルエンジンを製造するドイツの自動車部品メーカー・ボッシュは、シンガポール政府へ働きかけることでクリーンディーゼルエンジン搭載の自動車を税制優遇措置対象に変え、自社製品の販売を増加させました。ボッシュは在シンガポールドイツ商工会議所で影響力を強めると、政策ペーパーを作成し、商工会議所を通してシンガポール政府へロビイングを行いました。そして、自動車からの二酸化炭素排出量増大という課題の解決を掲げましたが、結果として自社に有利になるようルールを変更することに成功しています[19]。ボッシュはインドでも、寄付やシンポジウムで影響力を強めたのちABS(Antilock Break System:ブレーキ操作時にスリップを防止するための装置)をバス・トラックに設置するコンセンサスを形成し、自社ABS関連部品の需要を創出しています。ここでも、インドの交通事故死亡者数が高水準であることに着目し政府へ提案を行いました[19]。
また米国最大の衣料製造小売・GAPは、ミャンマーで最低賃金制度を施行させることで競合他社に人件費増を強制することに成功しています。GAPは早くから自社ルールに基づき高水準な賃金を支給していましたが、それを活かし、GAPは遂行可能だが競合他社は好まない最低賃金制度を作成してミャンマー政府に提出したのです。現地労働者の低賃金への不満に対処することを掲げましたが、最終的には自社イメージ向上に加えて競合他社の圧迫にも機能しました[19]。
一方、豪州のアムコールをはじめとする大手包装資材メーカーは、政府へ提案する形でなく自主規制を作成することで業界において優位に立ちました。彼らは他の大手食品関連企業やNGOを巻き込んで食品包装材の規格案を検討し、取引先である大手食品企業に対して、取引の際認証された包装材であることを要求事項とするよう働きかけました。その結果、認証獲得の基準を満たしていなかった企業は追加投資を迫られたと考えられ、規格を主導した大手包装資材メーカーは認証のない競合他社に対して有利な環境を作り出すことに成功しました[19]。
以上のように、規制を設けることで市場の変化を起こす事例は他業界にも見られます。いずれも影響力のある大企業、または影響力を獲得した企業が中心となって、政府やNGOなどを巻き込んで規制を作成しました。また環境問題や政治問題への対処を標榜し、結果的に自社に有利な環境を作り出すことにも成功しています。

以上を踏まえると、このような流れの中で日本で更に減塩施策を推進するには、啓発に加えて、影響力のある企業が減塩を掲げて規制を作成するというスキームが適しているのではないでしょうか。実際に日本でも企業が主導する動きが既に見られ始めており、即席麺業界最大手の日清食品は、業界団体を通じて業界で減塩ガイドラインを作成することを進めています。自社でも減塩を進め、2020年までに「カップヌードル」を更に15%減塩すると発表した日清ですが、ガイドライン作成は自社の減塩基準を業界スタンダードとすることを目指しているとも考えられます[20]。こうした動きを食品業界全体に波及させる必要があるでしょう。

まとめ

日本人の過剰な塩分摂取は解決すべき課題ですが、現状の減塩施策では十分な成果をあげられていません。そこで、食品企業がその業界で塩分含有量の規制を作成することが効果的と考えます。この考えは、大企業主導で規制を作成することにより、大企業に有利な環境を創出するとともに問題解決を目指すことができた他業界の事例に基づいています。国内外で企業にアプローチする動きが見られ始めているなか、日本の各食品業界へこの取り組みを更に波及させることが必要です。

本件に関するお問い合わせについて

瀧本ゼミ政策分析パートでは、この問題についてリサーチを重ねております。
本件に関するお問い合わせは、tsemi.seisaku@gmail.com までお願いいたします。

参考文献

[1] World Health Organization (n.d.) https://www.who.int/news-room/fact-sheets/detail/salt-reduction 最終閲覧日2019年7月28日
[2] 厚生労働省 (2018) 平成29年 国民健康・栄養調査結果の概要 https://www.mhlw.go.jp/content/10904750/000351576.pdf 最終閲覧日2019年7月28日
[3] Strazzullo, P., D’Elia, L., Kandala, N. B., & Cappuccio, F. P. (2009). Salt intake, stroke, and cardiovascular disease: meta-analysis of prospective studies. Bmj, 339, b4567.
[4] Collins, M., Mason, H., O’Flaherty, M., Guzman-Castillo, M., Critchley, J., & Capewell, S. (2014). An economic evaluation of salt reduction policies to reduce coronary heart disease in England: a policy modeling study. Value in Health, 17(5), 517-524.
[5] 厚生労働省 (2018) 平成30年度食生活改善普及運動の実施について https://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/0000213025.html 最終閲覧日2019年7月28日
[6] 日本高血圧学会 (n.d.) さあ、減塩!~減塩委員会から一般のみなさまへ~ https://www.jpnsh.jp/general_salt.html 最終閲覧日2019年7月28日
[7] Lynch, S., Styles, B., Poet, H., White, R., Bradshaw, S., & Rabiasz, A. (2015). Randomised Trial Evaluation of the In: tuition Programme. National Foundation for Educational Research.
[8] Clayton, R. R., Cattarello, A. M., & Johnstone, B. M. (1996). The effectiveness of Drug Abuse Resistance Education (Project DARE): 5-year follow-up results. Preventive medicine, 25(3), 307-318.
[9] 日本経済新聞 (2018) 減塩食の市場 4年で4割増 https://www.nikkei.com/article/DGKKZO33115600Y8A710C1LKC000/ 最終閲覧日2019年7月28日
[10] 東洋経済ONLINE (2012) キッコーマン「生じょうゆ」、3つの革命 https://toyokeizai.net/articles/-/12321 最終閲覧日2019年7月28日
[11] Trieu, K., Neal, B., Hawkes, C., Dunford, E., Campbell, N., Rodriguez-Fernandez, R., … & Webster, J. (2015). Salt reduction initiatives around the world–a systematic review of progress towards the global target. PloS one, 10(7), e0130247.
[12] He, F. J., Brinsden, H. C., & MacGregor, G. A. (2014). Salt reduction in the United Kingdom: a successful experiment in public health. Journal of human hypertension, 28(6), 345.
[13] Land, M. A., Wu, J. H., Selwyn, A., Crino, M., Woodward, M., Chalmers, J., … & Flood, V. (2016). Effects of a community-based salt reduction program in a regional Australian population. BMC public health, 16(1), 388.
[14] Brinsden, H. C., He, F. J., Jenner, K. H., & MacGregor, G. A. (2013). Surveys of the salt content in UK bread: progress made and further reductions possible. BMJ open, 3(6), e002936.
[15] Dunford, E. K., Eyles, H., Ni Mhurchu, C., Webster, J. L., & Neal, B. C. (2011). Changes in the sodium content of bread in Australia and New Zealand between 2007 and 2010: implications for policy. Medical Journal of Australia, 195(6), 346-349.
[16] Zhong, Y., Auchincloss, A. H., Lee, B. K., & Kanter, G. P. (2018). The Short-Term Impacts of the Philadelphia Beverage Tax on Beverage Consumption. American Journal of Preventive Medicine.
[17] Colchero, M. A., Popkin, B. M., Rivera, J. A., & Ng, S. W. (2016). Beverage purchases from stores in Mexico under the excise tax on sugar sweetened beverages: Observational study. BMJ (Online), 352.
[18] 日経Gooday (2016) これでスープを飲み干せる!「ストレスのない減塩」を実現した技術とは? https://gooday.nikkei.co.jp/atcl/report/16/042300019/051300006/?P=3 最終閲覧日2019年7月28日
[19] デロイトトーマツコンサルティング合同会社 (n.d.) 「外国企業による国際ルール形成事例の調査」 https://www.meti.go.jp/meti_lib/report/2016fy/000141.pdf 最終閲覧日2019年7月28日
[20] 日本経済新聞 (2016) 日清食品、カップヌードル15%減塩 高齢化見据え20年までにhttps://www.nikkei.com/article/DGXLZO10629010T11C16A2TI5000/ 最終閲覧日2019年7月28日

ぜひフォローください!

瀧本ゼミの活動が気になる方へ

瀧本ゼミは、ビジネスと政治という2つの領域へのリサーチを通して、非情で過酷な現代社会を生き抜くための意思決定の方法を学ぶゼミです。現状を分析し、自分なりの仮説に基づいて計画を立て、その計画を実行し、その結果を受けて仮説と計画を修正し、再び実行する。このサイクルは、私たちがこれから現代社会を生き抜いていくために、あらゆる場面で必要とされます。ビジネスと政治という答えのない領域を前にして、各人なりの問題への取り組み方、不定形に動き続ける現実へのアプローチの方法を確立するべく活動しています。議論が好きな方、知的好奇心溢れる方、成長したい方にオススメの自主ゼミです。