日本の再分配政策はワーキングプア層の貧困削減には不十分。低コストかつ効果の実証された「給付付き税額控除」で介入を

サマリー

  • 日本の社会保障の再分配機能はOECD諸国と比べると限定的であり、その原因は再分配の効果が高齢者層に偏っていることにある。
  • 生活保護も最低賃金値上げも効果が疑問視されており、またデメリットも多いため、ワーキングプア層の貧困に効率よく介入できる政策が求められている。
  • 給付付き税額控除は、所得の大小に応じた減税がなされ減税額が上回る場合には給付がされる仕組みであり、低所得層の所得を広く押し上げることができるため、納税者番号制度などの条件が整えば貧困をより少ないコストで効率よくアプローチできるようになると考えられている。

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日本の格差は、1980年代以降上昇しています。等価市場所得で見たジニ係数は、1995年の0.345から2009年には0.488にまで右肩上がりに上昇を続けています[1]。このような格差状況は国際的に見ても高いほうに入ります。しかし問題なのは、そのための社会保障政策が実際には大して機能していないことです。例えば諸外国と比べてみると、2010年の再分配前のジニ係数は0.488でOECD34ヵ国中6位の高さですが、再分配後のジニ係数は0.332で3位にまで浮上しています[1]。
ただ、そもそも相対的貧困は介入すべきほど重要な問題かという疑問もあるでしょう。しかしながら、相対的貧困や格差は社会に様々な面で負の影響を与えるということが実証研究で報告されています。例えばジニ係数の上昇が経済成長にマイナスに働いているという傾向がある(所得格差は、人的資源の蓄積を阻害することで、個人の教育機会を損ない、社会的流動性の低下をもたらし、技能開発を妨げる、という理由が考えられている)とされる[2][3]ほか、格差の拡大が社会不安を生むともされます[4]。また個人の健康にも悪影響であり、高齢者では、男性の場合所得の相対的剥奪がその後の死亡リスクを1標準偏差あたり1.20~1.24倍上昇させているという統計結果があります(女性では有意差が十分でない)[5]。ここで相対的剥奪仮説とは、「物質的に豊かでも、格差自体が不健康を惹起」するという考え方を指します[5]。

ところで、現状の社会保障制度はなぜ再分配として十分に機能していないのでしょうか。下図の通り、社会保障による再分配は、高齢者(65歳以上)には機能している反面若年層への再分配としては機能していません。特に19歳以下でその働きが小さくなっています。一方で、貧困世帯の属性や就業形態を詳しく見れば、高齢者でも単身世帯の貧困率が高いこと、また母子家庭や非正規労働者の相対的貧困率が高くなっていることが知られています[1][6]。特に世帯主が契約労働者の場合貧困率は20%ほどであり、アルバイト・パートの場合は40%超、派遣労働者の場合は20%を超えることが2004年から2009年までのデータで示されています(慶應義塾家計パネル調査(KHPS)のデータが用いられている)[7]。戸室(2016)はこのように「就業世帯(世帯の主な収入が就業によっている世帯)のうち、最低生活費以下の収入しか得ていない世帯(貧困就業世帯)」[8]のことをワーキングプアと定義しています(これはワーキングプアの定義の一例であり、このように貧困の基準を最適生活・生活保護水準とする場合もあれば、中位所得の60%を基準とするEurostatのように相対的な貧困を基準とすることもあります[9])。母子家庭のうち80.6%が就業しており(平成23年度)、相対的貧困率が54.6%であることを踏まえれば、母子家庭にもワーキングプアが多いと考えられます[6]。

現状の政策があまり貧困解消に寄与していない原因は、上述のようなワーキングプア層への影響を無視しているためです。貧困層向けの政策には主に最低賃金引き上げと生活保護制度の二つがあります。しかし、まず前者については「アメリカの研究をみる限り、貧困・低所得者家計にネットで みて恩恵を与えている説得的な分析はほとんどない」とされます。最低賃金引き上げの効果に関する分析はアメリカで多く蓄積されていますが、鶴(2013)によればその大半が最低賃金引き上げは雇用に負の影響を与えると結論付けています。さらには人的資本形成に関わるものである教育・訓練の量が変化なしか有意な減少を示しているとし、「20 代後半の賃金・収入に悪影響を与える」とする分析もあります[10]。生活保護についても就労インセンティブを下げることが指摘されています。例えば平成の大合併の影響で意図せざる生活保護受給水準の上昇が起きた際、貧困率・生活保護需給率が高い25〜49歳の未婚男女、死別・離別した男女において就業率が有意に低下したことを勇上(2017)は示しています[11]。加えて、生活保護の場合は捕捉率が低いという問題もあります。生活保護が必要な人にどれほど行き届いているかを示す捕捉率は2012年で15.5%という報告[12]もあります(これは、受給申請者が生活保護受給にふさわしい経済状態かを調べる資力調査に申請者自身が屈辱感を感じやすいことや、市区町村財政に余裕がないため生活保護受給者を減らしたいという行政側の思惑が受給基準の半ば非公式な厳格化などとして現れていることが原因と考えられます)­­­­­­­。

そのような諸問題をクリアしている貧困層向け政策が、給付付き税額控除です。給付付き税額控除とは、「所得税の納税者に対して税額控除を認めるとともに税額控除前の税額から控除しきれない者,あるいは課税最低限以下の所得水準のため控除対象となる税額をそも そも持たない者に対しては税額を還付(給付)するというもの」を指します[13]。主に勤労税額控除、児童税額控除、消費税逆進性対策税額控除の3種類があり、それぞれ重きを置いているものが異なります。税額控除勤労税額控除は就労インセンティブを、児童税額控除は母子家庭や少子化の問題を、消費税逆進性対策税額控除は文字通り逆進性の緩和を主軸にしています。この制度に類するものが、アメリカやイギリスを始め、多くの先進国で既に導入されており、良い結果も示されています。例えば就労インセンティブを高めること、親の健康に良い影響があること、貧困削減に貢献していること、運営コストが低いこと、などが指摘されています[14][15][16]。現に1995年のアメリカにおける運営コストは、AFDC(児童扶養世帯補助)で支給額の16%、食料スタンプでは15.4%なのに対し、アメリカの給付付き税額控除であるEITCの運営コストは支給額の1%でした[14]。アメリカではEITCが存在するかどうかに関わらず所得の申告が必要であるため、コストが大きくないと考えられます。また、EITCにより貧困を脱した人は、EITCの段階的拡大が完了した1996年で約460万人(うち子ども約240万人)にのぼります[15]。これは同年でアメリカの社会保障全体で貧困を脱した子どもの37%(5人に2人ほど)にあたり、一人当たり給付額はさほど大きくないながらも貧困削減に大きな効果を発揮しています。

このように、給付付き税額控除は日本の既存の社会保障に比べ、貧困削減に直結しコストも少ないという意味で効率の良い制度ではあります。ただし、前述の通り一口に「給付付き税額控除」といってもいくつかのレパートリーがあり、それぞれの問題点を踏まえたうえで日本に適したものを導入する必要があります。ここで主に考慮すべき点は、所得の計算単位、給付頻度・方法、所得の捕捉と不正受給問題、勤労を促進する制度設計とするか、などです。
日本で導入するに際し推奨される組み合わせは、所得単位を個人所得にし、給付頻度は高めにするというものでしょう。なぜなら、個人単位のほうが所得の捕捉が容易で[17]、また給付頻度が高いほうが消費支出の変動が小さくなるからです[18]。世帯所得を所得単位とした場合、世帯主とその配偶者の双方の所得を区別なく基準の所得として扱うため、就労インセンティブを促進させづらいとされます。その一方で個人所得よりも生活実態に近い世帯所得を把握できることは、「生活実態に即して対象を限定して支援を行うことができる」とも言われます。しかし生活保護のようなターゲティングが非効率を生むことを考えれば、安易に生活実態に即した追加の支援などを給付付き税額控除に含めるべきではないと考えられます。前述したように、EITCなどの給付付き税額控除の利点は少ないコスト、給付額で効率よくワーキングプア層やその子どもの貧困を広く解消できることであり、その意味で所得単位は所得の捕捉がしやすい個人所得とするほうが望ましいでしょう[17]。また所得の捕捉に関しては納税者番号制度を、不正受給に関わる問題はペナルティの整備などを加えるとよいでしょう。
貧困層向けの現金給付として、生活保護制度は極めて低い効果しかありません。また、前述したように、最低賃金についても雇用減少などの負の効果が指摘されており、貧困層に恩恵が及ぶわけではないとされます[10]。その一方で給付付き税額控除は貧困削減という目標を効率よく実現できるという大きな利点を持っています。したがって日本でもこの制度が導入されるべきではないでしょうか。

まとめ

以上の通り、日本の現状の社会保障は若年層中心に相対的貧困の削減効果が不十分であるのに対して、給付付き税額控除は納税者番号制度等所得捕捉を効率的に行う制度の整備とともに導入すれば、少ない運営コストで貧困を削減することができます。したがって最低賃金や生活保護の給付額を上げるより、給付付き税額控除を導入することを選ぶことが望ましいと考えられます。

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出典

[1]森口千晶 (2017) 「日本は『格差社会』になったのか: 比較経済史にみる日本の所得格差」
RCESR Discussion Paper Series』一橋大学 経済研究所 経済社会リスク研究機構、No.DP17-4
http://www.ier.hit-u.ac.jp/Common/publication/DP/DPS-A666.pdf
[2]OECD雇用労働社会政策局(2014、12月)「特集:格差と成長」(最終閲覧日: 2018年9月1日)
https://www.oecd.org/els/soc/Focus-Inequality-and-Growth-JPN-2014.pdf
[3]Ostry, M. J. D., Berg, M. A., & Tsangarides, M. C. G. (2014). Redistribution, inequality, and growth. International Monetary Fund
[4]Kawachi, I., & Kennedy, B. P. (1997). Socioeconomic determinants of health: Health and social cohesion: why care about income inequality? British Medical Journal, 314(7086), 1037
https://www.jstor.org/stable/25174195?seq=1#page_scan_tab_contents
[5]近藤尚己, 近藤克則, 横道洋司, & 山縣然太朗 (2012)「高齢者における所得の相対的剥奪と死亡リスク」『医療と社会』医療科学研究所、22巻1号、pp.91-101
[6]厚生労働省(2015、4月)「ひとり親家庭等の現状について」(最終閲覧日: 2018年9月1日)
https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-11900000-Koyoukintoujidoukateikyoku/0000083324.pdf
[7]樋口美雄, 石井加代子, 佐藤一磨 (2011)「貧困と就業: ワーキングプア解消に向けた有効策の検討」鶴光太郎・樋口美雄・水町勇一郎編著 『非正規雇用改革—日本の働き方をいかに変えるのか』第 8 章, pp.193-215
[8]戸室健作(2016)「都道府県別の貧困率, ワーキングプア率, 子どもの貧困率, 捕捉率の検討」山形大学人文学部研究年報, (13), pp.33-53
[9]駒村康平. (2007)「ワーキングプア・ボーダーライン層と生活保護制度改革の動向」日本労働研究雑誌, 49(6), 48-60.
http://203.181.235.4/institute/zassi/backnumber/2007/06/pdf/048-060.pdf
[10]鶴光太郎. (2013).「最低賃金の労働市場・経済への影響─ 諸外国の研究から得られる鳥瞰図的な視点─」経済産業研究所
https://www.rieti.go.jp/jp/publications/dp/13j008.pdf
[11]勇上和史(2017)「福祉給付と労働供給:日本における自然実験による実証分析」経済産業研究所
https://www.rieti.go.jp/jp/publications/nts/17e109.html
[12]戸室健作(2016)「都道府県別の貧困率、ワーキングプア率、子どもの貧困率、捕捉率の検討」『山形大学人文学部研究年報』第13号、pp.33-53
http://www-hs.yamagata-u.ac.jp/wp-content/uploads/2017/10/nenpou13_03.pdf
[13]鶴田廣巳. (2010)「給付付き税額控除をめぐる論点」『立命館経済学』第59巻、第6号、pp.128-151
http://r-cube.ritsumei.ac.jp/repo/repository/rcube/2956/e_59_6tsuruta.pdf
[14]Ventry, Dennis J. (2000)“The Collision of Tax and Welfare Politics: The Political History of
the Earned Income Tax Credit, 1969-99” National Tax Journal, 2000, vol. 53, issue 4, 983-1026
http://www.ntanet.org/NTJ/53/4/ntj-v53n04p983-1026-collision-tax-welfare-politics.pdf?v=%CE%B1&r=5674895301495197
[15]Greenstein, Robert and Shapiro, Isaac (1998)“New Research Findings on the Effects of the Earned Income Tax Credit” (pp. 98-022). Washington, DC: Center on Budget and Policy Priorities.
https://www.cbpp.org/archives/311eitc.htm
[16]Marr, C., Huang, C. C., Sherman, A., & Debot, B. (2015).“EITC and Child Tax Credit promote work, reduce poverty, and support children’s development, research finds.” Washington, DC: Center on Budget and Policy Priorities.
https://www.cbpp.org/sites/default/files/atoms/files/6-26-12tax.pdf
[17]鎌倉治子(2009、11月)「諸外国の課税単位と基礎的な人的控除―給付付き税額控除を視野に入れて―」『レファレンス』706 号,pp.103-130. (最終閲覧日:2018年9月1日)
http://www.ndl.go.jp/jp/diet/publication/refer/200911_706/070605.pdf
[18] Melvin Stephens, Jr., Takashi Unayama(2010) “The Consumption Response to Seasonal Income: Evidence from Japanese Public Pension Benefits” NBER Working Paper, No.16342
http://www.nber.org/papers/w16342

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