精神疾患の半分は14歳までに発症。中学校でのメンタルヘルスリテラシー教育で対策を。

サマリー

  • 精神疾患は日本人の18~19%が生涯で経験しうる、非常に身近な疾患といってよい。またそれには医療費だけでなく、生産性の低下などによる多くの社会的コストがかかっている。
  • メンタルヘルスリテラシーを高めることでself-coping能力、help-seeking能力が高まり、メンタルヘルス関連問題を持つ人が適切に医療機関を受診できるようになることなどが期待されている。
  • そこで、海外で多く行われている中学校の期間にメンタルヘルスに関するリテラシー向上に向けた取り組みを行うことを提案する。

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近年、「うつ」や「メンタルヘルス」といったものに注目が集まっています。 平成27年度から50人以上の労働者がいる事業場で実施が義務化されたストレスチェック制度[1]も、その流れの中の一つといえるでしょう。
様々な研究を概観しても、「メンタルヘルス」の問題はもう避けては通れない状況にあります。例えば日本人のうつ病の生涯有病率は6.5~7.5%と推計されていて、これは日本人の15人に1人が生涯の中でうつ病を経験する計算になります。その他の精神疾患の生涯有病率、12カ月有病率を以下に示しました[2]。

このように多くの人が経験する精神疾患ですが、特筆すべき点が2つ存在します。1つ目の特徴としては、精神疾患を有していても医療機関を受診する人が少ないことで、ある報告によれば精神疾患を有する人のうち7割以上が医療機関を受診していません[3]。2つ目の特徴は、精神疾患にかかる社会的コストが大きいことで、特にうつ病や不安障害では疾患そのものに対する医療費(直接費用)よりもabsenteeism(欠勤することによる生産性の低下)、presenteeism(出勤しても、遂行能力が下がっていることによる生産性の低下)といった間接費用が大きいことです[4]。
これに対して現在事業所で行われているストレスチェック制度は予防という側面を持たせているものの、果たしてその対策がクリティカルかどうかについては疑問の余地があるでしょう。なぜならば、2001~2003年の米国調査によれば、精神疾患の半分は14歳までに、3/4が24歳までに発症することが報告されているからです[5](ただし、うつ病を含む気分障害の発症年齢の中央値は30歳と少し遅めです)。つまり、就業後に行われる現行のストレスチェック制度では予防の役割を果たせない可能性があります。

それでは、どのような対策が有効なのでしょうか。この問題を解決するための重要なキーワードは「スティグマ」と「メンタルヘルスリテラシー」です。「スティグマ」とは偏見や、集団が個人に押し付ける負の表象・レッテルのことで、このスティグマが精神疾患患者を医療機関の受診から遠ざけている一つの要因であると言われています。また、「メンタルヘルスリテラシー」とはJorm(2000)によれば「精神疾患の認識・管理・予防を援助する知識と信念」と定義されていて、この中には「疾患の認識や適切な受診を助ける態度(あるいはスティグマ)」を包含しています[6]。つまり、メンタルヘルスリテラシーを高めることができれば、比較的若い時期から精神疾患の予防又は、もし精神疾患に罹患したとしても適切に医療機関を受診することによって損失(特に生産性の低下によるもの)を最小限に抑えることができるのです。

このメンタルヘルスリテラシーに関しては多くの研究がされています。
The Guideというカナダで13-15歳を対象に、数百の学校で行われているメンタルヘルスリテラシーの向上を目的としたプログラムがあります。このプログラムはカナダの7-10年生向けに教室で用いることを前提にして作られ、メンタルヘルスリテラシーに関する6つのwebベース・インタラクティブモジュール、教師用の自習教材、プリントやビデオ教材、パワーポイントスライド、評価用の資料などが含まれていて、The Guideのウェブサイトではこのカリキュラムガイドを無料でダウンロードすることができます。研究によればプログラムの直後及び2か月後のフォローアップでは生徒のメンタルヘルスに対する知識、態度について向上が見られました[7][8]。


また、スリランカで行われた実験では、実験者によって提示された症例がうつ病であると分かった人はそうでない人に比べて12.85倍も精神科医に対する援助希求意図が強いという結果になりました[9]。この結果は、精神疾患について理解が深いほど、医療へのアクセスがよいことを示唆しています。
さらに、欧州で行われたYouth Aware of Health(YAM)というプログラム(①メンタルヘルスに関する気づき、②自助に関するアドバイス、③ストレスと危機、④うつ病と自殺企図、⑤困った友達を助ける、⑥アドバイスを受ける:誰に連絡するか、の6項目について、3時間のロールプレイを中心としてブックレットやポスターなどの教材を用いるプログラム)は、その後に自殺企図、自殺念慮をおよそ半分に減少させ、中程度から重度のうつを30%減少させたという報告もあります[10][11]。

これら様々な研究から示唆されるのは「メンタルヘルス」に関する対策、一次予防施策はなるべく早期に、そしてできる限り全員に行った方が良いということです。このような取り組みを行っている国として、オーストラリアがあります。オーストラリアで行われているメンタルヘルスリテラシープログラムであるMindMattersは、1996年にNPOの下で開始され、2000年からは政府・保健省主導の学校精神保健増進のための国家的取組として進められています。12~18歳という、いわゆるsecond schoolを対象として行われていて、オーストラリア国内の7割以上の学校がMindMattersを取り入れ、欧米やアジアの一部にも広がっています[12][13]。

現在の日本では、メンタルヘルスリテラシーに関する教育は有志の散発的な活動が行われているのみで、学校教育の現場では専門性の高いメンタルヘルス教育では義務ではありません[13]。Ojio(2015)は日本の教育現場に則したメンタルヘルスリテラシープログラムは「高度専門職を必要とせず」「時間をとらない」ものであると述べています[14]。また、このような教育は、大規模に行い、適切に効果測定をすることが重要となってくるでしょう。日本にも、大規模に行われていないにはしろ、いろいろな性格を持ったプログラムが開発されています[13]。以上に述べたようなメンタルヘルスリテラシープログラムが包含するべき性格を踏まえ、中学校の義務教育のプログラムの1つともできるようなプログラムを開発する必要があると考えます。

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出典

[1]厚生労働省「ストレスチェック等の職場におけるメンタルヘルス対策・過重労働対策等」(https://www.mhlw.go.jp/bunya/roudoukijun/anzeneisei12/ 閲覧日:2018年8月1日)
[2]川上憲人(2002) 地域住民における心の健康問題と対策基盤の実態に関する研究:3地区の総合解析結果”平成14年度厚生労働科学研究費補助金(厚生労働科学特別研究事業)心の健康問題と対策基盤の実態に関する研究分担研究報告書
[3]Naganuma, Y., et al. (2006, 04). Twelve-month use of mental health services in four areas in Japan: Findings from the World Mental Health Japan Survey 2002-2003. Psychiatry and Clinical Neurosciences, 60(2), 240-248.
[4]学校法人慶應義塾『「精神疾患の社会的コストの推計」事業実績報告書』(https://www.mhlw.go.jp/bunya/shougaihoken/cyousajigyou/dl/seikabutsu30-2.pdf 閲覧日:2018年8月1日)
[5]Kessler, R. C., et al. (2005, 06). Lifetime Prevalence and Age-of-Onset Distributions of DSM-IV Disorders in the National Comorbidity Survey Replication. Archives of General Psychiatry, 62(6), 593.
[6]Jorm, A. F. (2000, 11). Mental health literacy: Public knowledge and beliefs about mental disorders. British Journal of Psychiatry, 177(05), 396-401.
[7]Mcluckie, A., Kutcher, S., Wei, Y., & Weaver, C. (2014, 12). Sustained improvements in students’ mental health literacy with use of a mental health curriculum in Canadian schools. BMC Psychiatry, 14(1).
[8]Kutcher, S., et al. (2015, 12). Successful Application of a Canadian Mental Health Curriculum Resource by Usual Classroom Teachers in Significantly and Sustainably Improving Student Mental Health Literacy. The Canadian Journal of Psychiatry, 60(12), 580-586.
[9]Amarasuriya, S. D., et al. (2018, 05). Predicting intentions to seek help for depression among undergraduates in Sri Lanka. BMC Psychiatry, 18(1).
[10]Wasserman, D., et al. (2015, 04). School-based suicide prevention programmes: The SEYLE cluster-randomised, controlled trial. The Lancet, 385(9977), 1536-1544.
[11]Wasserman, D. (2016, 12). Review of health and risk-behaviours, mental health problems and suicidal behaviours in young Europeans on the basis of the results from the EU-funded Saving and Empowering Young Lives in Europe (SEYLE) study. Psychiatria Polska, 50(6), 1093-1107.
[12]「MindMatters」(www.mindmatters.edu.au/ 閲覧日:2018年8月1日)
[13]COMHBO「効果的な学校メンタルヘルスリテラシー教育プログラム 立ち上げ方、進め方ツールキット」(http://comhbo.html.xdomain.jp/ 閲覧日:2018年8月30日)
[14]Ojio, Y., et al. (2015, 07). Effects of school-based mental health literacy education for secondary school students to be delivered by school teachers: A preliminary study. Psychiatry and Clinical Neurosciences.

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